店主はランナー

「フルマラソン完走コメント」

       2007年 3月18日 第10回東京・荒川市民マラソン 

 

2月18日、日本のマラソン史に新たな1ページを刻んだ、東京マラソンが冷たい雨が降りしきる厳しいコンディションの中、初めて開催された。

 

マスコミにも大きく取り上げられ、社会現象となったこの大会に、僕は参加しなかった。その理由は、昨年2月19日に開催された第40回記念青梅マラソンの30キロの部に参加した時の経験からだ。

 

青梅マラソンは、市民ランナーの草分け的レースであり、青梅の市街地やレトロな映画館の看板街、渓谷を走る。折り返しのコースは、アップダウンも多く、厳しいものだったが、特に商店街の方々を中心とする沿道からの声援が力を与えてくれた。

 

2月は気候がまだ寒く、僕が走るには、向かないと思った。2度目の参加になる、第10回荒川市民マラソン(今年3月18日開催)に参加することにした。

 

雑多な用事や店の忙しさ、大会の前の週には腰に違和感もあり、ついに練習もせず、2年ぶりのフルマラソンへの参加になってしまった。参加の見送りを何度も真剣に考えた。 

 

それでも、今回参加しようと思ったのは、毎年この大会の35キロ地点で、シャーベットステーションのボランティアをなさっているお客様が、この地点で僕に会えることを楽しみにしている様子だったからだ。このお客様に顔を見せなくてはと、参加を決意した。

 

当日、天候には恵まれたが、折り返し地点からの向かい風、走りこみが十分でなかったことが、35キロから40キロで出た。足が前に動かない、ここは無理せずに歩くようなペースで進もうと、ゴールに向かった。

 

前回参加した時より30分の遅れはあったものの、何とか無事に感想することができた。お客様とは、ハイタッチもできた。その後来店された時に、完走をとても喜んで下さった。

 

タイムは不満だが、目標の完走は達成したので、次に繋がる走りになったと思う。妻からは、「準備をせずにいきなり走られて、完走させてくれた自分の体にも感謝しなさいよ。」と言われた。

 

(本文は、日本大学大学院総合社会情報研究科ホームページ・電子マガジン第28号・2007年6月1日発行・に連載された
「東武練馬まるとし物語第三部」の一部を引用し掲載しました)